うれしがり日記

GONG

リシーヴ魂隊の関西地区総長のGONGさんのコラム。『ヤマハ携帯サイト「ケータイクリエイターズ広場(Kクリ)」にて3つのレギュラーコーナーを展開中。あらゆるジャンルに興味を持つ趣味人間。特に収集欲、物欲が強い。広く浅い知識を誇るオタクになり切れないオタク。』とご本人。楽しいコラム間違いないです。

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『“コミュニケーション”と“リアクション”』

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■どうして勉強しなきゃいけないの?

「どうして勉強しなきゃいけないの?」
よくある子供の疑問、そして大人への難問ですね。

自分も思ってましたよー。なんでこんなことしなきゃいけないんだろうか?って。
まぁそれが解らないから勉強が必要なんですけどね。

そういえばあれは小学校の何年の時だったかな?朝礼で校長先生が言い
ました。「学校は勉強をするところではありません。」と。

皆ざわつきましたが、校長先生はこう続けました。「学校とは、勉強の“仕方”を
教えるところです。勉強とは皆さんが自分でやるものです。」

昔の人は勉強したくても出来なかったという時代がありました。
人間には知識欲というものがあります。僕も「勉強」という言葉は好きではあり
ません。勉強とはすなわち経験であり「知る」ことなんだと思います。

「どうして勉強しなきゃいけないの?」
最近、この歳になってようやく胸を張って言える答えが見つかりました。

「どうして勉強しなきゃいけないの?」
それは、 「人は1人では生きていけないから。」


■悪魔教の教義とは

先日、NHK教育・・・って今は言わないんですよね。(笑)Eテレの人気番組
「ようこそ先輩 課外授業」に、ワタクシが尊敬してやまないデーモン小暮閣下
がご出演あそばされておられました。(日本語合ってるか?)

デーモン閣下の提唱する「悪魔教」には、僕は冗談抜きで心酔しておりまして。

悪魔教というのはどんな宗教かと言いますと、だいたいの宗教には偶像だとか
崇拝対象というものが存在しますね。キリスト教だったらイエス様とか。

では悪魔教における崇拝対象とは何か?デーモン閣下ではありません。
悪魔教の崇拝対象は「自分」なのです。自分自身を信じなさい、ということです。

ただ根拠の無い自信を持て、というのではなく、自分自身をしっかり見つめ、
良いところも悪いところも全て受け入れて、自分らしい生き方をせよ、という
ことなのです。

上記の番組もまさにその教義に則ったものでした。
子供たちにまず身の回りの色んな「モノ」に対して良いところと悪いところを
挙げさせる。次に友達同士良いところを言い合う。

最後に自分について良いところと悪いところを自分自身で考え、自分らしさ
とは何か?に気づかせる、そんな内容でした。実に素晴らしかったです。

・・・デーモン閣下が常に訴え、また自ら実践しておられるのが
「表現の大切さ」です。

自分の考え、感情、そういったものを内に貯めこむことなく、外に向かって
吐き出してこそ道は開ける。
人間では世間体や常識や遠慮などがジャマをしてなかなか出来ないことを、
悪魔であられる閣下がいとも簡単にしてみせることで、人間共を啓発されて
おられるのです。


■売れるゲームとは

ヒット作を次々に生み出すあるゲームソフトメーカーの開発者の方がインタ
ビューで、売れるゲームを作るコツは?と聞かれて「プレイしてて気持ちのいい
ゲームであること」と答えていました。

つまり、例えばボタンを押した時に「ピョーン!」とタイミング良く効果音が鳴った
り、画面がパパっと光ったりして、反応を楽しむことが出来る、というのが最低
条件なんだそうです。

ほほぉー!っと関心しましたが、よくよく考えてみると当然のことでもあるんです
よね。例えば全然音が鳴らないゲームだったり、ボタンを押すのとズレたタイミ
ングで音が鳴るようなゲームは、続けようという気にはなりませんね。


■武器を持て

僕の持論の1つに「武器を持て」というのがあります。
言い方を変えれば「一芸に秀でよ」ということです。

別に一芸でなくても二芸でも三芸でもいいのですが、「これなら誰にも負けない」
というものを最低1つは持とうよ、ということです。

現代社会は完全な分業制です。無人島や山の中で自給自足の生活が出来る
人ならいいですが、ほとんどの人にはまずムリです。1人では生きていけない。

だから他人と「協力」をしなければいけない。協力とはギブアンドテイクです。
自分の得意分野で他人を助けつつ、自分の弱い部分を他人に助けてもらう。

そこで必要になってくるのが「コミュニケーション」です。他人と協力し合うには
「意思の疎通」が必要条件になってきます。

そして意思の疎通を図るためには「知識の共有」が必要となります。
自分と相手が同じレベルの知識を持っていてこそ初めてコミュニケーションが
成り立ち、協力が可能になるわけです。

だから、コミュニケーションに必要な知識を得る為に、学校にみんなが集まって
勉強しなければならないのですね。
自分1人だけが無知でも、また逆に自分1人だけが賢くてもダメなのです。

わかったかな?小学生の諸君。(笑)


■「コミュニケーション」と「リアクション」

そしてこのコミュニケーションに大切なものが「リアクション」です。

人間は感情の動物と言われます。他の動物に感情が無いわけでは無いのです
が、「感情の表現能力と感受性に優れている」と言えるでしょうか。

まずこうして文字を書いたり読んだり、話したり聞いたりする言語能力。
次に「目は口ほどにものを言う」という言葉もありますが、表情。これもまた
人間独特の表現能力であろうかと思います。

さらには、動作で表現をしたり、音や声をあやつったり、モノを作ったりといった
表現の仕方も知っています。

人間という動物は、互いに送り合える情報の量がハンパでなく多いのです。

しかし、現代人、とりわけ日本人はこの折角の能力を活かしきれてないな、と
感じることがあります。

それが「リアクション下手」です。


■人間は「リアクションを食べて生きる生き物」

・・・だと僕は思っています。

よそのお家に訪問します。呼び出しボタンを押します。「ピンポーン」と鳴ると
とりあえずホッとしますね。でも鳴らないと「あれ?壊れてんのかな?
それとも家の中ではちゃんと鳴ってんのかな?」と、とたんに不安になります。
んで「ごめんくださーーーい!」って結局声で呼びだしちゃったりしてね。

さっきのゲームの話に共通するのがこれです。人は自分の起こした
アクションに対して反応があると安心し、反応が無いと不安になります。

人間同士でもそうですね。
「おはよう!」と挨拶しても相手に無視されたら、ムカツキますよね。(笑)

呼ばれたら、大きな声で返事をする。
言われたことに対して、分かったら分かった。分からなければ分からない。と
ハッキリ伝える。

おかしければ笑う。悲しければ落ち込む。不愉快ならば怒る。
空気は読まなければいけませんが、それはそれとして、相手が起こした
アクションに対してはちゃんとリアクションを返してあげる。
これが生きる上で大切なことなんだなぁ、と実感するようになりました。


■表現とは生きること

学校で行う勉強も、学校の外で行う勉強も、全ては「表現」そして「コミュニケー
ション」の為にあると僕は考えました。

自分の考えを他人に伝える力、他人の考えを受け取り理解する力。
その力を身につけることこそが「勉強」なのだと思います。

そして勉強とは、やらされるものじゃなく、自ら進んでやるべきもの。
一生、勉強。

音楽を奏でることも、歌うことも、踊ることも、
絵を書くことも、文を書くことも、物をつくることも、
話すことも、聞くことも、微笑むことも。

ぜーんぶ表現。ぜーんぶ、生きるためのもの。



勉強って、生きるためにやるものなんだよ。

・・・そのことを自分が小学生の時に気づいてりゃあなぁ~~~(笑)
きっと人生変わってたな。うん。

後悔先に立たず。これもまた。勉強。