うれしがり日記

GONG

リシーヴ魂隊の関西地区総長のGONGさんのコラム。『ヤマハ携帯サイト「ケータイクリエイターズ広場(Kクリ)」にて3つのレギュラーコーナーを展開中。あらゆるジャンルに興味を持つ趣味人間。特に収集欲、物欲が強い。広く浅い知識を誇るオタクになり切れないオタク。』とご本人。楽しいコラム間違いないです。

『拳の魂』


10月27日、東京・ディファ有明で行われた
菊田早苗対成瀬昌由の総合格闘技の一戦。
この試合は驚愕すべきルールのもとで行われました。

グローブなし、素手による顔面パンチOK。
ヒジによる打撃OK。
サッカボールキック、踏み付けOK。(いずれも倒れた相手への
足による打撃攻撃)

果たしてそこまでやる必要があるのだろうか?と思うほどの
過酷なルール。

成瀬昌由選手は、2000年ごろ、リングスで活躍していた時
大ファンだった選手です。

決して恵まれてはいない体格ながら、強い精神力で闘い抜き
リングス中軽量級のトップを張ってきました。

しかしその後リングから遠ざかり、今回はなんと
約10年ぶりとなる復帰戦です。

それでなぜこんなルールに挑むのか・・・。


現代社会において、
拳で人の顔を叩くという行為は、道徳的にも、また法律的にも
許されるものではありません。

しかし格闘技の世界ではそれが許されてきたわけです。が、
あくまで「グローブ」というものがあってこそのこと、


長らく打撃格闘技において「顔面パンチ」というのは、ひとつの大きな
テーマでした。

「実戦空手」を標榜して立ち上がった新興空手団体「正道会館」。
数々の大会を総なめにし、実力をつけていく中で「実戦での強さ」を
突き詰めた時に、やはり「顔面パンチ」という課題に向き合うことに
なりました。

顔面パンチというのはどうやら特殊技術のようで、空手における突きを
簡単に応用できるものではなかったようです。

そこで正道会館では、グローブを使った顔面パンチのテクニックを
徹底的に研究し、その成果がその後の「K-1」へと繋がっていきました。

またそれよりも早く、革新的な空手を行っていた「大道塾」では、
頭部にプロテクターを着用することにより、顔面への拳での攻撃を認める
ルールを採用していました。

ある時、格闘技雑誌で小さな、しかし衝撃的な記事を見つけました。
ミャンマーに、バンテージを巻いただけの、ほとんど素手で殴り合う
格闘技があるというのです。名前を「ムエ・カッチューア」と言いました。

事故など起きないのだろうか?にわかに信じがたいことでしたが、
記事によると、参加選手のほとんどが軽量級であり、また技術的にも未熟で
あったことから、事故が発生することは無かった、とのことでした。

そんなこともあり、ムエ・カッチューアはそれほど大きなセンセーションを
起こすことはありませんでした。

しかしこれをK-1に出るような重量級の選手がやったら・・・と思うと
恐ろしくなります。

基本的に素手で闘うプロレス、主にUWF系の団体においては、顔面パンチの
代わりに「掌底」を用いていました。拳頭ほどの固さはないものの、手首部分が
的確に当たれば相当な破壊力があったものと思われます。

また、そのUWFルールでは鎖骨から下への拳での打撃は認められていた為、
その切り替えが難しかったらしく、たまに誤って拳が顔面に入ってしまうことも
ありました。

そんなことから、やはり顔面パンチへの対策・対応が必要となってきました。

佐山聡が「修斗」を始めるにあたり、指が出ていて関節技も出来るグローブ
「オープンフィンガーグローブ」を採用することになりました。

ちなみに、このオープンフィンガーグローブは1977年、アントニオ猪木が
プロボクサー チャック・ウェップナーと異種格闘技戦を行うにあたり、
「掴めて殴れるグローブ」を佐山聡が考案した、というのはわりと有名な話しで、
これが元祖・・・だと思っていたのですが、

実はその前にあのブルース・リーが映画の中で「掴めて殴れるグローブ」を
使っていたことを後になって知りました。

このように格闘技の世界では、顔面への手の打撃攻撃というものに関して
様々な試行錯誤を繰り返し、挑戦てきました。

顔面という人間の弱点に対して、拳という「凶器」で攻撃することの
危険性を十二分に解っていたからこそです。


しかし、

日本で格闘技ブームが起きてしばらく経ったある時、世界中の格闘技界に
衝撃が走る出来事が起こりました。

「グレイシー柔術」の出現です。

彼らのルールでは、素手の拳による顔面パンチを認めていたのです。
それだけでなく、当時の日本の格闘技では絶対的タブーであった
「倒れた相手に馬乗りになり上からパンチを打ち下ろす」いわゆる
「マウントパンチ」をも行っていたのでした。

こんなのを格闘技と呼んでいいのだろうか?
ケンカとの線引きが果たして出来るのだろうか?

当時の自分としても大変困惑しました。

そして行われた第1回「アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ」
は「ノールール」を謳い、素手の顔面パンチを含めた全ての攻撃が
認められました。

なおこの大会では、素手の場合はバンテージ禁止。ただし選手の希望により
グローブを着用することも認められていました。

自分の拳を痛めたくない打撃系の選手たちは悩み、中には片手にだけ
グローブを付けた選手まで現れました。

準決勝まで進んだ空手家のジェラルド・ゴルドーは、前の試合で殴り過ぎて
拳がパンパンに腫れていました。

そんな過酷な大会で優勝したのは、
グレイシー柔術のホイス・グレイシーでした。

グレイシーはまさに「黒船」でした。

しかしそのUFCも、素手での戦いはあまりにバイオレンスだということで
ボクシング・コミッションからクレームが付き、オープンフィンガーグローブを
採用せざるを得ませんでした。


・・・それまでの日本の総合格闘技は打撃がないことを前提に寝技の技術が
確立されていたものが、根底から覆されることになってしまったのでした。

ところが、日本人選手たちの対応の早さは驚きでした。

上からのパンチに対処する「ガード・ポジション」。
下になった状態から関節を取る技術。
それまで寝技において「下になると不利」とされてきた常識が変わりました。

グレイシーという黒船の登場により、結果的に日本の格闘技は目覚ましい
進化を遂げました。

そしていつしか、日本の格闘技において「マウントパンチ」を含む顔面への
パンチ攻撃は、大きな脅威ではなくなっていました。

こうして格闘技の技術が成熟されてきた今、
この試合によって日本の格闘技界にまた、一石が投じられたわけです。


試合は一進一退の白熱した攻防となり、最後に勝ちをもぎ取ったのは、菊田。
フィニッシュはパンチではなく、腕ひしぎ十字固め。関節技でした。

敗れた成瀬でしたが、10年ものブランクを乗り越え、立派に闘いました。
この過酷なルールのリングに上がるというのは、相当な覚悟があったろうと
思います。

「顔を殴る」という行為は道徳上許されない、ということは先にも書きましたが、

同時に、ケンカを想像してもらうと解りやすいかも知れませが、
攻撃モードに入った人間にとって「顔を殴る」というのは
本能の行動なのです。
それがどれだけ危険かということを、人間は生まれながらにして
本能で知っているのです。

それをスポーツとしてやる、ということがどういうことか。

以前、ボクシング経験者であるタレントのトミーズ雅さんが興味深いことを
テレビで仰っていました。

なぜボクサーは、あれだけ激しく殴り合った相手を試合後称えあうのか?

選手は、2つの強い覚悟を持ってリングに上がります。
1つは「相手に自分が破壊されるかも知れない」という覚悟。
もう1つは「自分が相手を破壊してしまうかも知れない」という覚悟。

その覚悟がなければ、全力で闘うことなど出来ません。
そして全力で闘い終えた時、

「お前よう耐えたな!あんだけ俺に殴られてよう生きててくれたな!」
そんな気持ちでいっぱいになるんだそうです。
だからお互いに相手を称え合うのだそうです。


当たり前のこと書きますけど、
試合は1人では出来ません。そして格闘技は1人だけが強くても
成り立ちません。

ギリギリまで身体と技と、心をを磨き上げた者同士が闘うからこそ、
試合は成り立ち、顔面パンチは「スポーツ」と成り得るわけです。


そしてもう1つ、この試合を通じで感じたこと。

人間は進化する生き物なんだなぁ、ということです。

そんなのムチャだよ!絶対ムリだよ!
そう思われていたことでも、人間って出来ちゃうもんなんですね。
これはスポーツの世界に限ったことじゃないですけど。


限界は、破る為にある。