この道の果てまで

山下忠彦

シンガーソングライター、俳優、ラジオパーソナリティとしてご活躍中の山下忠彦氏の、コラム『この道の果てまで』『山下忠彦LIVE!太陽にあたる場所』FM845毎週月曜日13:00〜。『夕暮れエンタテイメント』FMハイホー81.4毎週火曜日18:00〜。『奈良町チャンネル』奈良どっとFM78.4毎週水曜日21:00〜。『ちさとシアター』隔週木曜日18:00〜。ONAIR中。

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「ラーメン屋と芸術」

第95回

2014.7.15更新

タイトルとは関係なさそうですが
自分のライブによく通ってくれていたリスナーさんが
先日旅立たれました。

ここ数年癌との闘病生活
少し良くなったらまたライブにひょこっとおいで下さり
いつもニコニコ笑顔を絶やさず
最後は皆さんとどんちゃん騒ぎの乗りに付き合って頂き

「いや~、スカッとしましたわ~」
って
帰って行く姿。


車で来られている時は、しんどくても必ず誰かを送って帰り
最後まで笑顔でした。


癌が全身に転移し
自分の残りの時間を悟って3月にライブに来られました。

その時に
「これで最後ですんで挨拶にきました。」って。

それもいつものようにニコニコしながら…。


そんなニコニコしているなら大丈夫やん

何ゆうてますのん、冗談でしょ?って思ってましたが

本当にこんな日が来るとは・・・。



その方には二人のお子さんがおられます。



二人とも産まれ持っての障害者さんです。



弟さんの方は産まれてから一度も言葉を発してないらしく
そんな息子さん2人と病弱な奥さんの事を
ずっと心配して気に掛けてはりました。

そんなリスナーさんに僕は

「そんなご家族を残して行ける訳ないでしょ

だから必ず良くなって又皆さんと一緒にライブで
どんちゃん騒ぎして下さいよ!

いつもニコニコしていれば、必ず良くなります!!」

って言ってしまいました。

自分の死期を

残り寿命を感じながら

本人からしたらどんな思いで生きておられたか。


自分のお葬式はお金が掛からないこの場所で

死に衣装はこれでと、好きだった登山用の服装で



自分で決められてご家族の方々に遺言で伝えていたそうです。


お通夜しか出られませんでしたが

棺の中の安らかな引き締まったお顔にむかい
スタジオやライブはいつでも黙って顔パスで来て下さいねと

お伝えしときました。。

あ、今来やはったなぁって
見えなくても
周りの雰囲気が暖かくなるのがわかりますから。


その方には甥っ子さんに演歌歌手の方がおられます。



その演歌歌手の方を通じて

九州で歌を歌っておられる女性の方が

お友達になられました。



もう残り時間が無い事を悟り

重い障害を持った子供達を残して行かなあかん辛さを

その女性の方にもらしていたそうです。



その女性の方がその方を想い書かれた詞があります。



読ませて頂いた時に、是非曲をつけさせて下さいと

お願いしまして

曲を作る事が出来ました。



でもその方が亡くなる前にCDにして届けたかったのですが

間に合いませんでした…。



でも何度かラジオの生放送で歌っていたので

何処かで聴いて頂けていたと願います。



お葬式の御出棺の時に流されたそうです。



「僕の輝く星達へ」

命が生まれた日 ぬくもりを抱きしめて

どんな事があっても 守り抜くと誓った

こんなに大きくなっても あの日のまま愛しい

ねえ母さん 僕らの星は歩みは遅いけど

ねえ母さん 一緒に時を重ねてきたね



目覚めた朝に 一度だけ奇跡が起きて

父さんと呼ばれたい 叶わぬ夢でもいいから

元気で笑っていて欲しい それだけが僕の願い

ねえ母さん 辛い時には泣いても良いんだよ

ねえ母さん ありがとう命を届けてくれて



忘れないでいて欲しい 人の心の温かさ

頼る事をためらわず 両手を広げて

ねえ母さん この星達を守り続けて

ねえ母さん 笑って僕らを優しく照らして

ねえ母さん 僕らの星は歩みは遅いけど

ねえ母さん 一緒に時を重ねて行こうね



最後の最後までご家族の為に戦っておられました。

本当に強い人でした。

人の命の儚さ

1日1日の大切さ

改めて感じさせて頂きました。

本当にいつもあなたの笑顔で元気を頂いてました。

今は安らかに休んでください。



年齢も自分の父親みたいなその方が

なぜ自分みたいな若輩者の音楽や殺陣やお芝居を

好きになって頂いたのか?



山下忠彦の芸術とはなんぞや?



売れるとは?



その前に

ちゃんと売り出しているのか?



いつになったらこの暮らしから

抜け出せるのか?



自分の人生を恨むように後悔する…前に



五体満足でいられる喜び

バイクや先日買った車を運転出来る喜び



それ以前に

朝、ちゃんと目が覚めて1日を送れる喜び。



当たり前に起こっている事も当たり前じゃない



そんな日常を送れる事に感謝しようと

又、これでいいのだと

バカボンのパパの様に納得して

自分に言い聞かせて頑張っている今日この頃。


最近ふと思ったのが

歌手やタレントやアーティストと呼ばれる
自分の芸を売って生活する人達(自分も含め)は

ラーメン屋と同じじゃないかと…。


人々や世の中に必要とされる音楽や芸術を

ラーメンに置き換えてダブらせてみました。



個人的にラーメンはよく食べに行きます。



亡くなられたその方にも

お勧めのラーメン屋さんに連れて行って頂きました。

あそこが美味しいと聞けば行ってみたり
色々なお店やその時食べたい味がありますね。


例えば近所でお爺さんとお婆さんが
細々とラーメン屋をやっている所があるとする。

近所の人達やわずか数人が旨い美味いと言って通ってくれて
その小さいお店も長年二人でやってこれた。

かたや

インスタントカップラーメンがコンビニで売れるほど
某有名なチェーン店や
いつ行っても行列の絶えないお店もある。

だけど
皆さんが並ぶほど
行列が出来るようなラーメンでも
全ての人達に受ける味ではない。



実際、自分はあまり好きでないお店や

なんでこんな大した事無い味に

何時間も並べるのか?



本当に並んでまで食べる価値あるのか?



と思ってしまいます。

まあそれはあくまでも個人的な好み。

お店を構えて商売する以上

ドカーンと売れてもなく、姉妹店が出せなくても
お爺さんが細々と営業をしてこれた店も
全ては支えてくれたお客さんのお陰。


長年全然パっとしなかったお店も
ある日TVに取り上げられて
次の日からドッカーンと火がつく場合がある。

基本的にどのお店もプロとしての最低限の
腕は必要ですが

その勢いでうまく発展するラーメン屋もあれば
その後お客さんの受け入れ態勢や

店員の勘違いな態度や

一発屋的でお客さんが入らず閉めてしまうお店もある。

お客さんが入ったり入らなかったりでも
細く長く営業をなんとか出来るお店もあり
気がつけば30年って事もある。

そんな風に

芸術ってのも
全ての人達に受けなくても
わずか一握りの人達にでも愛され
続けて行ける

そんな
一回食べたらくせになる
やみつきになるような芸術を目指して
山下忠彦独特な味が出るような
ラーメン屋に

ではなくて

アーティストで有り続けたいと思う今日この頃です。