うれしがり日記

GONG

リシーヴ魂隊の関西地区総長のGONGさんのコラム。『ヤマハ携帯サイト「ケータイクリエイターズ広場(Kクリ)」にて3つのレギュラーコーナーを展開中。あらゆるジャンルに興味を持つ趣味人間。特に収集欲、物欲が強い。広く浅い知識を誇るオタクになり切れないオタク。』とご本人。楽しいコラム間違いないです。

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『デジタルは「悪」か?』

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さてさて、まずこのような記事があるわけですが、

「音楽がデジタル化で本当に失っているもの」
http://toyokeizai.net/articles/-/66788

この記事を読んで、僕なりに思ったことをまとめたいと思います。

この記事が問題にしているのは主に以下の4点。

1.国民的ヒット曲が出ない。
2,CDが売れていない。
3.ダウンロード販売もそんなに伸びているわけではない。
4.打ち込みの普及によいり優れたミュージシャンの出番が少なくなった。

で、まとめますと「打ち込みで作った没個性的なつまらん音楽が
氾濫してるから音楽が売れない。」
ということを言いたいらしいのですが、

それはどうなのかなー?と。
ちょっと的を外してるではないかな?と思うのです。

まず、

1.国民的ヒット曲が生まれない

これは単に「チャンネルの多様化」の結果だと思うのです。

以前は音楽に触れることの出来るメディアと言えばテレビ、ラジオ、映画、
そして有線放送。これくらいしか無かった。
テレビにしても今のように1人1台、1部屋1台ではなく、一家に1台、居間にあるくらいだった。
それを家族みんなでわいわい言いながら一緒に観たのです。おのずと、
お父さんお母さんも子供も、おじいちゃんおばあちゃんも、同じ曲を聴く。
良い曲はあらゆる世代に広まる。こういうことだと思うんですね。

ところが現代はインターネットと携帯電話を含む音楽端末の普及により、
皆が誰に影響されることなく、邪魔されることなく、自分の好きな音楽を自分で探すことが出来る。
配信する側にしても大手メディアである必要はなくなり、かなりその敷居は低くなった。

当然、流通する音楽の絶対量は増え、ジャンルや中身は多様化する。
多様化すれば特定の音楽が占めるシェアは減少する。当然の流れであると思うのです。


2.CDが売れていない

これについては、パッケトージとしての魅力が薄れているのは事実だと思いますが、
デジタル化はあまり関係ないように思います。

個人的な意見ですが、レコードからCDへの変化で大きかったな、と思うのは、
まずジャケットが小さくなったこと。レコードの一辺30cmあるジャケットは、
それ自体がアートであり作品であったように思います。小さなペラペラの紙では今ひとつ有り難みに欠ける。、

次に、CDになってA面B面という区分がなくなったこと。
直接関係しているかどうかは判りませんが、レコード時代のアルバムは、
曲順にものすごいこだわりがあったように思います。
A面のラストをこの曲で締めて、B面はこの曲でどーん!と始める、と言った具合に。

例えば大ヒット曲「ミスター・ロボット」を収録したSTYXのアルバム「Kilroy Was Here」は、
1曲めから最後の曲までが1つのストーリーになっていて、アルバム全体でひとつの作品である感が強いものでした。

他にもこの時代のアルバムには、「1曲たりとも欠かせない」と思える作品が多かったように思います。
カセットにダビングする際、長さが足りなかったりして
最後の数秒だけが入らなかった時でも、納得が出来なかった覚えがあります。

最近はそんな作品がどれだけあるでしょうか?
「この曲はこのアルバムの○曲目に置かなければダメなんだ!」というこだわりを持った作品を
あまり見かけません。僕のリサーチ不足ならば申し訳ありませんが・・・

アルバムの売り上げが落ちているのは、決してiTunesがバラ売りを始めたからだけではないように思います。

たとえCDであっても、その全てに惚れ込み「手元に置いておきたい!」と思えば買うはずなのです。(僕はそうです。)


3.ダウンロード販売の伸び悩み

これも先に挙げたチャンネルの多様化により、「欲しい音楽」が必ずしもメジャーレーベルだけに
あるとは限らなくなってきました。
インディーズレーベルやアマチュアのミュージシャンが、独自のルートで自らの作品を頒布している
ケースも増えているハズで、はたしてそのあたりがどの程度加味されているのでしょうか?

またライブ市場の盛り上がりも関係しているでしょう。以前は「CD聴いてライブに行こう」だったのが
「ライブに行って、良かったらCDを持って帰ろう」という流れになってきているのは確かだと思います。


いずれも、記事ではなんだかケシカラン調で書かれていますが、僕はこれらは劣化でも進化でもなく、
単なる「変化」だと思っています。時代の流れです。業界人ならば嘆くよりも受け止めなければならないことだと思います。

特に異を唱えたいのは、

4.打ち込み音楽がつまらない

これは単に筆者の好みに合わないだけではないのか?と思います。または、
記事内でやたらと音楽番組の宣伝を絡めていますが、打ち込みを引き合いに出して
「おれたちゃ生演奏だからスゴいんだぜ」と言いたいがための論理ではないかと思います。

打ち込み人口が爆発的に増えたため、中には稚拙な作品もあり、割合的に増えているかも知れません。
しかし、選ぶのはリスナーです。いかに優秀なミュージシャンを起用して、お金をかけて作品を作っても。
リスナーに選ばれなければ、それは商業音楽としては失敗なのです。(芸術性は別として)

それを「今のヤツらはわかっていない」とグチるのは、ハッキリ言って負け犬の遠吠えです。

作り手側にしても、何に重点を置くかは人それぞれであろうと思います。
限られた予算の中で、例えばヴォーカルに重点を置くために、オケはあえて打ち込みで済ませるケースなども
あるでしょう。そしてリスナーがそのヴォーカルに価値を感じれば、演奏の質には多少目をつぶることも出来るでしょう。

改めて言うまでもありませんが、音楽の良し悪しに絶対的な基準などありません。
作り手の感性と聞き手の感性、その波長が合うか合わないか、それだけのことです。


そりゃあ、職人的技術を持ったミュージシャンの演奏は素晴らしいものですし、
知らないよりは知っておいた方がいいと僕も思います。

しかしだからと言って、「生演奏の良さ、アナログの良さを解らないヤツはダメだ」という論調には到底同意出来ません。

「個性、個性」と言っておきながら、聴き手の個性を否定しているからです。


僕は、打ち込みはひとつの楽器パートだと考えています。
ギタリストがギターを手に取るように、ピアニストがピアノの前に座るように、
マニュピレーターはコンピューターに向かう。そういうものだと思っています。

コンピュータやシンセを使うからには、他の楽器にはマネの出来ない、シンセ独特の音楽をやるべき、
と僕は思いますが、それはあくまで僕の個人的な考え。他の人がどう考えるかは判りませんし、
それを否定することも出来ません。

デジタルが悪い、というならば、アナログだったら何でもいいのか?アコースティック楽器を使えば
誰が弾いても素晴らしい音楽になるのか?

結局同じことだと思うのです。


デジタルだからいいとか悪いとか、生演奏だったらいいとか、

音楽って、そんな単純な話じゃないと思うんです。


「昔は良かった」と懐かしむのもいいけど、
今を見つめ、これからのことを考えるのも、必要なんじゃないかな。

と、思うのです。